クリスマスの陰

 

薄暗い影の世界

 

そこではある事件が引き続いていた

それは影の集団失踪であった。世界各地の影が突然何の脈絡のなく消えたのだ

それは影の幻想郷でも同じだった

 

クリスマスも近づくある日

薄暗い部屋の中で一人怪しい実験をしている者がいた

真っ黒い服装に豊満な胸

彼女の名はキミドといった。影でありながら自我を持つという完全なイレギュラーだ

 

「…ふぅ~」

ひと段落が付いたのか彼女は思いっきり背伸びをする

その時部屋の扉をノックする音が聞こえた

 

「いいわよ、入って」

扉が開き入ってきたのは彼女の使い魔である影だった、正確には影に近いモノである

 

「なるほどね…一連の事件はそいつが犯人で間違いないと」

報告を終えたあとそのモノは大きく頷いた

一連の事件とは影の集団失踪の事である

 

彼女は急いで表に出る準備をする

と言っても帽子を被るだけであった

 

表の幻想郷

しばらく表に出てくることがなかった彼女にとっては何もかも新しく見える

彼女の住居は魔法の森の裏の世界にあり、出てきたところは魔法の森の中だった

 

「使い魔の情報が正しければ犯人が次に来るのはあそこね」

昼下がり、霧雨魔法店という妙な建物に彼女はたどり着いていた

ガチャっと扉を開けるとそこには倒れている白黒の魔法使いが居た

 

「遅かったようね…」

影がないことを確認すると彼女は何故影が失踪したのかを確信した

何者かに切り取られたのだ

 

「影を操る能力者…そんなやつが本当に存在してるとは、恐れ入るわ」

後ろに立っている人物に向かって彼女は言った

 

「ふふ…いずれ皆彼女のようになるのさ」

キミドが振り向くもそこには誰もいなかった

外に出ても同様であった、声の主は初めから居ないように姿を消していたのだ

 

「ありゃりゃ…逃げられちゃったか」

だが地面に残っている足跡がそこに人がいたことをただ示していた

 

その後めっきりと失踪事件は減った、それでも起こってはいたが何も手がかりは掴めなかった。

 

「こりゃ重い腰を上げないといけないかしら」

あれから一週間、丁度クリスマスの夜

旧友の探偵…というよりは都合のいい男を彼女は頼ることにした

 

野を越え山を越え彼の家にたどり着いたときには日は明けていた

 

「ん…ごほん」

玄関の前に来てから彼女は急に緊張し始めた

インターホンを押したその時、上から何者かの気配を感じ取った

彼女は急いで物陰に隠れる

 

それは宅配業者のような恰好をしている者だったが後ろから少し白い翼が服からはみ出ていた

その者は大きな包みを渡し、誰も見ていないのを確認すると翼を出して飛んでいった

 

「…行ったわね」

再び玄関の前を確認すると今度は修道服を着た怪しいやつが立っていた

その怪しさから彼女は声をかけようとする

 

近づこうとしたとき怪しいやつはナイフを彼女の足元に放つ

 

「…なーるほどね」

後ろに刺さったがものともせず地面を蹴り一気に距離を詰める

右手に魔力を溜め拳を振り下ろした

地面が少し揺れた後砂埃があたりを舞う

彼はぎりぎりで回避し後ろに下がり距離を取る

 

「お、お前なんでこんなところに」

「…まぁあんたに頼みごとがあったんだけど…」

奥から放たれた黒い球体を横に弾き飛ばす

それは帽子にコートな服装の青年ハットに命中し爆発音とともに彼は吹き飛ばされた

 

「その必要は無くなったみたいね」

彼女は片手を剣のように変化させた

それを見て彼は驚く、そして強く問いかけた

 

「き…貴様ぁ…まさか影か!?」

「ご名答、私は影。あなたが影失踪事件に関わってるってことでいいわね?」

「くっ…」

 

彼女が近づくと彼は出方を伺うように後ろに下がる

二人の距離は狭まる様子も広がる様子も無かった

 

「いつまでこれを続けるのかしら?」

彼女が腕を元に戻したその時

彼の懐から素早くナイフが放たれた

 

「っ…」

彼女は手で防ぐような形を取るがナイフが見事に手のひらに刺さってしまっている

だが特別苦痛を浮かべるわけでもなく、出血しているわけでもない

 

「ふぅ~、驚いたわよ、あんた中々いい遠投の技術してるじゃない」

この状況、普通なら驚くはずだが彼は薄ら笑いをしていた

彼女は不思議に思いながらナイフを抜こうとしたその時

何か、腕に細いものが体に入ってくるような感覚が彼女を襲う

 

「ん…くっ…これは…」

何とも言えないくすぐったいような感覚に脱力し、倒れこむ

腕のみの感覚が徐々に広がっていくのを彼女は感じていた

 

「やはり所詮は影か。だが危ないところだった…」

「こ…これが影を操る能力…凄いわ…」

地面を悶えるように転がる、どことなく喜んでいるような表情でもあった

 

「減らず口を叩ける余裕はあるようだがもうお前の体に自由は無いぞ」

そう彼が言うと彼女はふらっと立たされる

どことなく安定しないバランスであったがすぐピンと直立した

 

「予想外の邪魔が入ったが丁度いい、予想外の収穫もあった」

彼は少し満足げに彼女の肩を叩く

 

「とりあえずこいつを使って霧雨雷人らの影も抜き取ろうかね」

命令したのだろうか、でも彼女は全く動かなかった

おかしいと思いつつ彼女の顔を見ようとした

 

その時彼の顔に素早い裏拳が炸裂した

 

「ぶっ…な…し…」

鼻血と涙を流しながら蹲って顔を抑える

 

「ごめんなさいね☆~少しからかい過ぎたかしら?」

何とも無いようにナイフを手から抜きそれを彼の前に供えるように置く

その後しばらくすると彼は起き上がりどこかへ走り去って行った

 

「あ…そういえば私、あいつを捕えに来てたんだった」

彼女は目的を忘れていた、急いで後を追うがもう彼の姿は無かった

 

身体の中の糸のような感覚はいまだに抜けることは無いなか彼女はハットの住む家まで

戻ってきていた

玄関は空きっぱなしで入ってくれとも言わんばかりの体制に彼女は半分呆れていた

 

「…」

ひっそりと忍びこんだものの中はもぬけの殻だった

 

 

 その夜彼女は自身の家に戻っていた

あの後せめてもとハットを捜したものの手掛かりなしでは見つけることは出来なかったのである

 

「…自業自得とはいえ振出しに戻ってきちゃったわね」

ベッドに寝転がりながら彼女はこれから何をしようかと考えていた

あいつが何をしたいのかなんてわかってはいないけど霧雨の奴を狙っているのはなんとなくわかっていた

彼らを追えばいずれ会える、だけど肝心なところが抜けている

 

「まぁ…使い魔に任せておけばそのうち見つかるわね…それよりも」

ナイフが刺さっていた右手を彼女自身の手で切り落した

黒い中に一本の糸が見える

 

「やっぱりこういう事だったのね…」

それを掴み恐る恐る抜きはじめる

 

「んん!?」

入ってくる以上に抜くときのあの感覚は凄まじかった

 

 しばらくたって

 

「くっ…はぁ…あは…ひひひ」

 

全部抜き終わる頃には汗でシーツがビショビショになっていた

腕をくっつけるとそのまま彼女は眠りについてしまった

 

翌朝

濡れたシーツが冷気で冷やされて彼女は目を覚ました

 

「私いつの間に…うぅ…寒い」

着替えを取ろうとしたとき扉が強く開かれた

使い魔が雷人達が幻想郷に現れたことを伝えに来たようだ

 

「ふむふむ…わかったわ」

彼女は急いで着替え、表の世界に向かっていく

魔法の森の中に出ると上に飛び上り周りを見渡していく

すると黒いドーム状のものが嫌でも目に入った

 

「これは…」

そのドームの前まで来た彼女はかがみながらそれをそっと摩る

それは弾力がありながらも破ることが難しそうな泡のような影の集合体だった

彼女は何かないものかとドームの周りを一周してみる

 

そして誰が開いたのかわからないが切り裂かれた跡を見つけた

 

道はそこしかないので彼女は進むしかなかった

 

ドームの内に入り周りを見渡すと民家が並んでいた

「ここは…人里ね」

人の気配は全くせずそれは人里と呼ぶにはどうかという感じではある

 

「なんだか嫌な予感がするわね」

そうは言っているものの彼女の表情はいつもと変わらなかった

しばらく歩いていると彼女は何かを察知したのか立ち止まった

そして構える

 

地面から影がポコポコと湧いて出てくる

見たところ一般人の影のようであり体の中に彼女に入れられてた糸と同じようなものが透けて見えた

 

そして影はふらふらと彼女に立ち向かっていく

 

「やるしかないわね」

彼女は片手を鋭い爪のように変形させる

向かってくる影の一つを切り裂き中から糸を思いっきり引き抜いた

すると影は崩れるように地面に消えていった

 

「予想通り、やっぱりこれで操っていたのね」

糸を回収し他の影を彼女は笑いながら見据えた

 

流れるように影たちを切り裂き糸を回収する

彼女が気が付くころにはその場にいた影は全部片付いていた

 

一息つくと空の方から不思議な光線の音が聞こえてる

それと同時に地面が少しの間揺れた

音がした方に彼女は影に潜って民家を無視して進んだ

 

「確か…ここら辺だったはずね」

表に出るとそこにはさっきまでの風景とは打って変わって戦闘によってボロボロになった民家や地面が広がっていた

 

「また貴様か…」

前方にあいつは立っていた

いつの間にか顔の傷は直っていたが彼の右手はなぜか切り落とされていた

その光景を見て彼女は笑いがこぼれる

 

「…まぁ今回は貴様にかまう必要はない。じゃあな」

彼女が追いかける間もなく彼は逃げて行った

 

「っち…とりあえずあいつらもここに来ているはずだから合流するとしましょうか」

そう言いつつ歩きはじめると彼女は何かを踏んだ

それはよく見ると倒れているハットだった

 

「!?…ハット…?」

彼女は言葉を失いながらも彼を抱きかかえた

彼は死んだかのように眠っていた、勿論死んではない

影を抜き取られていただけである

 

「…そろそろ本気を出すしかないわね」

彼女は彼を背負い里を後にした

そして魔法の森の中にある昔使っていた小屋に彼を寝かしておく

 

「…というわけで頼むわよ」

使い魔であるモノを呼び出し奴の探索を頼んでおいた

それも一体ではない、より影に近いモノに依頼していた

 

彼女自身も探して三日たつが大した手がかりは掴めずにいた

 

四日目の昼、モノの一つとの連絡が途絶えた

最期に連絡があった場所からモノの足跡をたどっていくと奇妙な館があった

 

中に入り地面を見ると埃が薄ら被った床に二人の足跡があった

それは廊下の奥の地下へと続く階段まで続いていた

 

その階段を下る途中大きな地響きが起こり彼女はバランスを崩し階段を転げ落ちてしまう

地面についてもしばらく転がり続けて壁にぶつかった

何かが彼女の頭に当たった

 

「イテテテ…ん?これは…丁度いいわね」

部屋の崩れた壁の奥から異質な雰囲気を彼女は感じ取った

それにビビりながらも拾った刀を握りしめ彼女は進んだ

 

大部屋に出たとき、まさしく雷人が大久保に切り殺されそうな場面に彼女は出くわした

彼女は鞘を放り投げ抜刀し奴の刀を受け止める

 

「な…貴様は!?」

刀を押し返すと奴は歯を立て彼女を睨みつける

 

「あんたの刀、少し借りるわよ」

霧雨雷人は唖然と見ていた、今彼女の握っている刀はかつて神器とも言われた武器である、今はそんな力はない

だがこの刀の性質を彼女は理解していた

神の器とは偽りの言葉、正しくはあらゆるものを受け入れる器

彼女はそれに影の力を流し込む、すると刀身は黒く染まる

 

それをチャキっと音を立てながら構えた

 

「どこまでも…邪魔しやがってぇぇぇ!!」

奴の逆鱗に触れたのか彼女にのみ闇雲に攻撃をしている

 

影の攻撃なら読める、と思いつつ彼女は軽々と奴の攻撃を避けて逃げ続ける

そして雷人の方をちらっと見ると彼の握る剣に影という文字が浮かんでいた

 

「キミド!」

考えている途中に雷人が彼女に呼びかけてきた

その時奴の刺撃が彼女のほうを掠る、彼女は小さく舌打ちをした

 

「何?結構ギリギリなんだからさっさと片、つけなさい!」

 

雷人は辛そうながらも立ち上がった

そろそろ頃合いだろうと彼女は振り返り奴を十字に切り裂いた

切り口が開くものの中には黒い空間が広がっているだけであった

だが奴の膝は地面についた

 

「やはりだめかしら」

それは既に塞がり始めている

こいつは私と同じような存在になりつつあると彼女はそう思った

 

「こいつを倒せるのはそれしかないわ!」

彼の持つ剣を刀で指し示す

あの影という文字、影を切り裂いてくれるだろうと彼女は考えていた

 

彼が剣を叩きつけその反動でジャンプした

 

それと同時くらいに奴の傷が塞がり薙ぎ払いを彼女に仕掛けてきた

それを影の中に隠れることで避けた

 

「さてと、最後の大仕事に取り掛かりましょうか」

彼女はあの時影を操るのに使用されていた糸を取り出す

そしてそれを奴の影に縫い付ける

 

「これでもう、あんたは詰んだわ」

次の瞬間彼は霧雨雷人と謎の剣の力によって奴は一刀両断された

そして彼女は奴から溢れ出た大量の影に流された

 

 

再び元の位置の表に出ると雷人も大久保も倒れていた

こつんと彼女の帽子に小石が落ちてきた

 

「どうやらこの地下室も危ないわね…」

雷人を背負い、奴のほうを彼女は見る

 

「あんたには聞きたいことがたくさんあるから楽しみにしてなさい」

ニタリと笑い彼の手を掴もうとしたその時二人の間に天井が大きく崩れた

 

それに続くように本格的な崩壊が始まった

 

「こりゃ本格的にまずいわね…」

彼女は落ちてくる天井を避けながら大急ぎで地下室を後にした

階段を上りきると大きな地響きとともに地下への道は防がれた

 

「…終わった…のねこれで」

 

その後背負っている彼を霧雨魔法店まで置いて再び塞がった地下室の前まで戻ってきた

 

裏の世界から大久保が倒れていたであろう大広間まで向かったがどう見てもおかしいことに気がついた

 

あいつは影も形も…血痕は残っていたが姿を晦ませていた

周りは落石なんかで塞がっているけど

あいつの倒れていたであろう所には光が差し込んでいた

上を見上げると崩れたようには見えない綺麗に空いた穴があった

 

彼女は空を飛び穴から地上に出てみた

 館の裏側に出た、だけど人の足跡も血痕もそこから先には一つたりともなかった

 

雷人の事は目を覚ましたハットに任せて彼女は裏の世界に帰って行った

 

「…なんかすごい疲れたわ…」

久々の湯船につかりながら彼女はあの奇妙な事を思い返していた

全てを終えたはずなのにどことなくスッキリしない表情をしていた

 

「あの瀕死の体で逃げることなんて出来る筈がないわ…」

湯船から上がり着替えながらも彼女は仮定を立てた

あいつには強力な協力者がいた…と

 

「はぁ~…とりあえず事件の方はこれで解決したしあとはあの二人組に任せようかしらね」

 

ベッドに寝っころがりあの時使わなかった糸と黒く染まった刀を取り出す

 

「結局一番の収穫はこれらだったわねぇ」

彼女は特にその糸について深い興味を示していた

素人であった彼女でも影縫いを成功させられるほどの品物だ

大久保の能力の凄さを改めて彼女は理解した

最も彼女の興味の大半が別部分の所であったが

 

 

 

あれから半年

霧雨雷人が旅に出た

そんなこと知るはずもなかったが数日後

彼女は必要なものをアタッシュケースにまとめていた

影の世界を出てしばらく表で暮らすことになったのだ

 

どうやらハットが彼女の力を頼りにしているらしい

呆れながらも断ることはなく、彼女は長年過ごした家を後にした

 

 おわり